一、町家に住む

町家に住んでいます。

そう言うと、「建築の仕事をしているから、町家に住んでいるんでしょう」と思われるかもしれません。

たしかに、仕事柄古い建物を見ることが好きです。
柱や梁に建具、そして土壁。長い時間を経て残ってきたものには、新しいものにはない魅力があります。

でも、私たちがこの家を選んだ理由は、それだけではありませんでした。

この家を初めて見に行ったとき、印象に残ったのは、むしろ「ちゃんと人が住んでいる家だな」ということでした。

京都の町家には、空き家になって長い間使われないまま傷んでしまってるものも少なくありません。

けれど、この家にはそれまでの暮らしが現在進行形で続いているのを感じたのです。

特別に町家らしさを演出した家ではありませんでしたが、もともとの建物を大切にしながら普通の家として使われていました。実際に、ここで家族4人が楽しく暮らしてきた気配を感じ、この家に好感を持ちました。

「ここなら、私たちも暮らしていけそうだ」と思えたのです。

建物は白川疎水の近くにあってまわりの街並みは整っていたし、前の道は一方通行で車の通りも少なく静かです。
夫が前々から望んでいた、職場へ無理なく通える距離感でもありました。
子どもにとっても、これからの暮らしを考える上でいい環境だと思えました。

建物の最奥にある庭はゆとりがあり、裏手も建物が詰まりすぎてなかったため、見学したときから風がよく通る家だと感じていました。

そしてもうひとつ。

「小さな家をどう工夫して暮らすか」ということにも挑戦してみたいと思っていました。

大きな家を買って、必要なものをすべて詰め込むのではなく、
限られた空間の中で「何を残し」、「どう使うか」を考えて暮らしてみたい。

そんな気持ちを夫も応援してくれました。

こうして、私たちはこの町家に住むことになりました。

実際に暮らしてみると、町家には日々ちょっとした発見があります。

たとえば、この家には壁と扉で完全に閉ざされた部屋がトイレ以外にはありません。

部屋同士がゆるやかにつながっているので、風がよく通ります。

朝、庭に面した雪見障子を上げるのも好きな時間です。

そのときどきで違う光が家の中に入ってきます。

そして古い家に住んでいると、いろいろなものに少し気をつかいます。

土壁を傷つけないようにする。
襖紙にうっかり触れないようにする。
水が飛んで、木や紙を傷めないようにする。

そういうことを考えながら暮らすのは、面倒と言えば面倒です。

でも不思議なことに、その少しの緊張感が心地よかったりします。

「この家を大切に使おう」と自然に思えます。

家を自分たちが好きなように使いこなすというより、
家に少しこちらが合わせながら暮らしている。

そんな感覚があります。

この前、息子がブロックでつくった祇園祭の菊水鉾を床の間に飾りました。

古い家の床の間に、子どもがつくったブロックの菊水鉾。

それが、なんとも素敵でした。

昔ながらのものだけを置く必要はなくて、古い家の中にも今の家族の暮らしがちゃんと入っていく。

それも、町家で暮らす楽しさのひとつなのかもしれません。

もちろん、いいことばかりではありません。

マンション生まれマンション育ちの私にとって、虫はなかなかの試練です。

クモも出ます。
ヤモリも出たそうです。

そして、今日も大きなクモが出ました。

壁の中に逃げ込んでしまったので、今のところ捕まえられていません。

……町家暮らしには、こういうこともあります。

キッチンの無垢材の床は、汚さないようにかなり気をつかいます。

外側の建具を木製建具にすることも、性能面では決して有利ではありません。
冬になれば寒さをもっと実感することになるかもしれません。

町家に住むことには、断熱や気密、耐震性など、新しい住宅と比べて特別に考えなければならないこともあります。

だから、私は「町家は素晴らしいから、みんな町家に住めばいい」とは思っていません。

友人から「町家に住んでみたいんだけど、実際どう?」と聞かれたら、まず「あなたの価値観によると思う」と答えると思います。

町家に住むなら、何を残して、何を変えるのか。
断熱や気密などの性能をどこまで求めるのか。
耐震性について、どんなメリットとデメリットがあるのか。
暮らしの希望を優先しすぎず、かといって無理しすぎず、建物との整合性をどう取るのか。

そういうことを、一つひとつ考えていく必要があります。

そして何より、

そもそも、町家という空間をどれくらい好きなのか。

休日にお寺や町家カフェに行って「やっぱり京都の町家っていいな」と思う。それだけでも十分です。

そこからもう一歩進んで、

「この空間で暮らしたい」

と思えるかどうか。

新築住宅にはない不便さや手間があっても、
それを「仕方なく我慢する」のではなく、
少し好きになれるかどうか。

私は、それが町家に住む上では大切なのではないかと思っています。

町家は誰にとっても暮らしやすい家ではありません。

でも、古い木の手触りや、庭から入る光や風、
少し気をつかいながら家を使うこと、
長い時間を経たものと一緒に暮らすこと。

そういうものに心が動く人にとっては、
とても面白い住まいです。

私自身、まだ住み始めたばかりです。

これから寒い冬もやってきます。
虫との戦いも、きっとまだ続きます。

それでも、この家でどんなふうに暮らしていけるのか。
古い家と、今の家族の暮らしをどう重ねていけるのか。

もう少し、この家と付き合ってみたいと思っています。

町家すまい設計室では、古い建物が持っている魅力をできるだけ読み取りながら、
今を暮らす人にとって無理のない住まいへと整えていくことを考えています。

町家を「保存する」のではなく、
もう一度、誰かの「暮らし」にする。

そのために何ができるのか。 わたし自身も、町家に住みながら考えていきたいと思っています。